思いがけず、身体に色々言う所が出来、やっと軌道に乗りつつあった仕事も続けるかどうか毎日揺れ動いていた。何ヶ所か派遣されている箇所での評価も良く、指名されて派遣されることも多くなり、派遣先で専属に来て欲しいと言ってくれるところも出てきて、半分心が動いている事もあり、自分の身体と、家族と、仕事とのバランスを、どうとっていくか、また、仕事への取り組み方を根本から考えなくてはいけなくなってきている。
私の時代は25歳なら行き遅れ、27歳で独身だと、オールドミスなどど言われたので、(もちろん、結婚して仕事を続けるなんて事は考えられない時代)24歳で結婚、翌年出産と、版を押したような生き方だった。おのずと、子どもも同学年なんて当たり前で、我が家など、3代に渡り、同級生なんてのも、何組かあるのだ。
しかも、結婚は春が多く、うちと同じ日に(大安・祝日)結婚し、生まれた子どもが皆丸一年後に生まれ、誕生日が2,3日しか違わないなんてのが3組もいるのだ。そのうち一軒は10年ほど前に隣に越してきた親子だ。もう一組は夫の同級生で、息子が同級になり、話をしているうち、なんと、結婚式場も同じで、うちのすぐ次に挙げた組だったらしい。ここは、一人目の子どもの誕生日まで一緒だ。
時代は変わり、女性が仕事を持つのも当たり前、結婚の形も様々になってきた。それと共に家族のあり方も多様になってきた。
けれども、やはり、私は家族にあわせて生活している。夫にあわせ、子どもの部活やら、学校の行事がまずあって、その隙間に仕事をするというのが、当たり前にしてきた。
以前はピアノを家で教えていた。これも、家事の合間になので、夕方あまり遅くまでは教えられないから、最後のレッスンは5時半から。子どもが大きくなって6時がやっとだった。夕飯を先に作り、何か用事のあるときは、可能な時は時間を変えてもらって、なんとかやってきたが、指が動かなくなってきて、新しい生徒は取らなくして、だんだんピアノの方は少なくし、派遣の仕事を請けるようになった。
子どもも2人大学の時はやはり、お金は欲しいので、目いっぱい仕事もし家事もやり、一日中働いても、苦ではなかったので、6年ほど、そんな生活をし、これなら、常勤もやれるかな、なんて思った矢先に色々やってきた。
身体も休養すれば何とかなるし、とか、折角思い切り働けるようになったのにとか、社会的に役に立ちたいとか、いろいろ、揺れ動いた。もうめんどくさいから、1人になりたいなんて思ったりもした。
仕事でいろいろおだてられたりした事も大きい。必要とされているのだ。なんて自惚れてもいた。
でも今日、それは違うのだ。と言うことを実感した。昨日もちょっと書いたが、仕事先の人も私の身体を気遣ってくれていると思っていたが、違ったのだ。
あれだけ、今の状態を説明しておいたのに、今日、また、夕方から夜に掛けての仕事をこれから入れさせほしいと言うのだ。だから、「すみません。長期戦だし、もし、必要があれば手術も受けようとおもっているので、お受けできません。」とはっきり断った。「でも、慶ちゃんしかできないのよ。ヘルニアなんてすぐ直るよ。私もこうこうだった。」と延々自分のヘルニアの話を聞かされた。そのあと「それより、腱鞘炎の方が心配なんだけど」ときた。
そして、息子ももうすぐ帰ってくることを知った彼女、「まさか、息子のお弁当も作ってやろうなんて、思ってないでしょうね。」ときた。どういう意味(?_?)私が黙っていると、もう一度、「息子の夕飯やら、洗濯やらやってやるんじゃないでしょうね。」という。
なぜ、そんなことを言うのか意味がわからなかった。
要するに、仕事をもっとやって欲しいと言う事だったのだ。私が出ていない間に(といっても、一件は受けていて、週に3日ほど出ている。)私が出れるようになったら、この仕事をやって欲しいというものがあったのだ。夕方3時から7時。
「無理❢」
どうも、彼女たちの頭には家事と言うものは、くだらないもので、例えば夕飯などは買ってくればいいし、各自で食べればいい。家事に時間を取られて仕事が出来ないなんてばかばかしい。と思っているらしい。
それに、はっきり言って、私の身体が心配ではなく(当たり前か?)私が仕事ができないのが心配なのだ。
今回の事で家族に心配を掛けている。本当に皆心配しているのが、よくわかっている。じいじは椎間板ヘルニアのことの書いてある本を買ってきて、見せてくれた。病院に行く時も心配で、帰ってからも何度も様子を聞いてくれた。夫も腰痛体操のコピーを同僚の人からもらってきてくれた。娘は、夕飯の作るほうは出来ないからと、かたずけをやってくれている。ばあばも、よちよち歩きで、一所懸命食器を運んでくれる。
MRIの結果が出た時、娘には泣かれた。私も覚えがあるが、親が病気(子どもが病気でも同じだが)に、なった時、泣けて仕方がなかった事がある。今まで丈夫だと思っていた親がもしかしたら、治らない病気かもしれないと知った時。じいじも、文字通り頭を抱えて、しゃがみこんでしまった。
思わず、「直る見込みのない病気ではないんだから。」と私が慰めてしまった。自分も不安だが、家族は脊椎の手術がうまく行かなかったらとか、そのままにしておいて大丈夫かとか、色々心配になってしまったのだ。
今日職場の人と話していて気づいたよ。やはり、家族が第一だと。本当に心配してくれるのは家族しかいないのだ。
家族の為に身体を直そうと。家族に私のできる事をしようと。お金になるとかならないとか、誰かに認めてもらいたいとか、そんことではなく、単純に家族が気持ちよく暮らしていけるようにしていこうと。暖かいものを食べさせ、気持ちのよい服を着せてやろうと。家族に心配をかけさせないようにしようと。
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