学問・資格

パソコン教室卒業 ~小さな花も一緒にね~

パソコンがただの黒い箱だった七年前から、月に4回ほどのペースで通071った「わかるとできる」というパソコン教室。パソコンの電源の入れ方から習い始めて、3年前に準2級までとり、その後ブログをはじめ、写真を撮ることを覚え(カメラ自身は7年前に9800円のデジカメを使ってはいた)た。

カメラの購入もちょうどデジカメ講座の初級で習った時に型落ちのカメラが安くってよくわからないまま買ってみた。使い方はよくわからないまま、とにかくシャッターを切れば写ったから、それでも、娘の成人式から様々な記念の時には重宝した。

エクセルなんて使うことはないかなあと思いながらもデータベースまでやって、このころには結構パソコンの操作が面白くなって、ついでに資格試験までやってしまった。

031かかわっていたNPO法人(そのころはまだNPOにはなっていなかったが)でもワード・エクセル・パワーポイントが大活躍。

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高砂百合がいっぱいだよ。

001 雨が降ったりやんだり、しかも降るときは土砂降りのとってもいやな天気が続き、今日も時々降りそうになりながらも、なんとか天気がもった。

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一昨日とと昨日、雨の合間に買物等で外に出たとき、4日ほど前にはつぼみだった高砂百合が一斉に咲き始めた。

アスファルトの隙間などからも、ほそい華奢に見える茎をのばし、その先に白い蕾。

そのつぼみに赤紫のすじが入ったらもうすぐ咲くよ~の印。

こちらの高砂百合は塀と電信柱の隙間から。

もっと狭い隙間から咲いたのがこちら⇓

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さすがにちょっと小さめだけれど、細みの体にしては花は立派!

近くの公園では、こ~んな、こんがらかっちゃったお花発見。かわいそうなので、撮影後、ちょっとほどいてあげました。

でもさすがにちゃんと土に根付いた株は、しっかりとしていてつぼみもいっぱいだね。

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この高砂百合は球根で増えるのではなくて種子、それも自家受粉してしまうそうで、そのため狭いところでも繁殖できるのだそうですよ。ちょっと下向きになかなかお顔を見せないように咲く白いこの百合も、大きく花咲くカサブランカにも劣らず、好きな咲き方。(^_-)-☆

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久しぶりにー2つ目(^O^)/

もう一つの「久しぶりに」は、学術大会(慶の持っている資格は医療系なので、講習会が必須です)に行ってきました。1年ほど前までは役を受けていたこともあるけれど、欠かさず受けていたのだけれど、1年ほど足が遠のいてしまっていたんだ。

034_2  同じ資格をもつ者たちでNPO法人を立ち上げて2年。任意団体かNPO法人になるにあたってさまざまなトラブルがあり、任意団体からNPO法人になる時に考え方の違いから、役をおり、その時のことが自分の中に硬いしこりになって、この1年は足が向かなかった。

今年の総会は大荒れだったそうで、逆に慶は「あら~他にも大勢同じように考える人がいたのね」というのが正直な気持ちで、理事と対立する側の人から「なんで総会に出て発言しなかったの?」なんて言われたけれど、毎年とても出席者が少なくて、総会の開催が危ぶまれるような事態だったのに、今頃になっていろいろいうなんてと。もっと前に意見を出してくれればよかたのにと、その点は役員側の立場になってしまう。そうすれば、道はだいぶ違っていたはずで、今の混乱はなかったのにね。

まま、そんな詰まんないことはさておき、今なら感情的にならずに、いられるかなという感じになってきたので、7月から、活動再開。

というわけで、本格的な学術研修会に参加しました。

何人か久しぶりに顔を見た人とも、こわばってはいたともうけれど、なんとかそつなくささっと型どおりにあいさつだけし、混みあう会場で席を探す。後ろの方は身動きできない状態。こんなときでも案外前は開いているものです。

慶と同じく意見を持ち、でも今でも役員を続けている友達と供に、一番前に陣取って、かぶりつきでパワーポイントを見ました。なにしろ講義のスピードは速いは文字は小さいわなので、友達の言うとおり前でないと全く見えない状態。

午前中の講義も骨再生の最新治療の話で、再生の様子が3D等でミクロの単位で見れて、感激しましたが、もっとすごかったのは午後の講義。036

あの~もし、チを見るのがどうも苦手という方はこのあとの文は、じっくり読まないようにね~(^O^)/

献体された遺体の解剖のビデオで、皮膚の真下、その下の筋の様子、その下の筋…というようにいわゆる解剖学から、筋の動き、関節の動き、神経や血管の走り方。

しかもなくなってからわずか3時間という、使うにちょっと使いづらい言い方になってしまいますが一応「新鮮な」状態。筋の色などはまだピンク色なんです。しかも硬直前なので、筋がたとえば手や足を引っ張ればちゃんと、生きている時と同じ反応を示すのです。

また、言いにくい話ですが、解剖学では健康的な一般的な解剖図なんですけど、老化して変形した状態や病変した部分の解剖所見というのはなかなか見られないのです。

関節の動き、仕組みが、変形してきた関節ではこういう動きになるとか、以前は血管の複雑な通り方などはわからなかったのですが、3Dで詳細までわかるようになり、なぜ、手術中通っていないはずの神経や血管がそこにあり、医療事故につながるのか、というのがよくわかりました。

ちょっと内容が専門的ですが、一般の方向けに(とはいうもののかなり難しいです^_^;、神経の再生や脳の仕組みなどを詳しく見られるサイトと、ものを食べる飲み込むということの仕組み→「嚥下って」をご覧ください。

ちょっと肩がこっちゃいました?

特に嚥下の仕組みは、ただ単純にごっくんではない、とっても複雑なメカニズムがあることに驚かされます。

人間の飲み物を飲み込むのは「脳の記憶」でできることなんですって。その始まりは胎児の時にお母さんのおなかの中で羊水を飲み込むことからはじまり、その経験がないと、ものを飲み込むことができないそうです。037

そして、痛みは脳が感じる。人間の行動のすべては脳が記憶し、その記憶から体を動かす。神経が傷つきその後再生したとき、動くのは神経が再生したことで、脳の記憶が体を動かす。だから、もし変形した動きを記憶していれば、その動きしかできない。たとえば長く歯がなかったりして、変な動きを顎がして噛むことを続けていると、いい入れ歯が入っても噛むことができないということがおきるのだそうです。入れ歯が悪いのではなく脳の間違った記憶のせいなんですって。

そういえば筆跡ってあるでしょ。あれも脳の記憶なので、右が使えなくなって左手で書いても、足で書いても、筆跡も筆順も同じになるそうですよ。

※写真は上が蓮の花。

そして真ん中と下のドアップが芙蓉の花。先の記事のムクゲによく似ているでしょ。

芙蓉の花の葉っぱは楓を大きくしたような葉っぱが特徴。写真には葉が写っていなくてわかりにくいですね。花弁もムクゲと形が違います。学術的にはどうかはわかりませんが、葉の形もですがムクゲの方が花も小さめ、葉は花より小さく枝ははっきり樹木とわかる感じ。芙蓉は一見大きな草木のように見えて、葉はかなり大きく、大きな花よりもっと大きなモミジの葉っぱがうんとでかくなったような葉があります。そして花弁の先がこの写真でもわかるように5枚の花びらをもつ花のように見えるのが特徴です。(品種によっては違うものもあるかもしれないですが)ムクゲの花弁はもこもこ、むくむくってしているものが多いですね。

花言葉は 「繊細な美 しとやか 完璧な美」

何しろ非の打ちどころのない完璧な美人のことを芙蓉。霊峰富士のことを芙蓉峰というそうですから。ほほほ…慶のこと???(←んなことないだろsign03)

PS もしかして、慶のこと看護師?なんて思う方もいるかもしれないですけど、違います。じゃ何?種を明かすとちょっと差支えもあるのでゴメンナサイ(__) 看護師のように確立した職種ではまだまだないので、それが、もめるもとでもあるんです。

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私はきゅうりくさ

先日からのトラブルが引き金になり、慶はある医療関係の資格を持っていて、細々とその仕事をやっていましたが、引退を決めました。

6年前に同じ資格を持っている人たちの会にも入り、自分では、細々とでも、なんとか続けてきており、自分ではそれなりに今に遅れないように勉強もしてきたつもりでしたが、やはり、家庭を最優先にしてやってきたというのは、考えも技術も甘く、もう、とても専門職を名乗ることはできないなあ、と、今回の事は思い知らされたことでした。

先日記念式典が行われたのですが、その式典は自分が思っている以上の立派な式典で、自分では会の中で、割合と重要な役を担ってきたのですが、ほとんど在宅の私が、受けるべき役ではなかったというのを肌で感じました。華やかな式典が大勢の来賓や、会員で盛り上がる中、盛り上がれば盛り上がるほど、自分の中で遠い遠いものになっていくのを感じていました。

まず、会場に入って時から、その感覚ははじまり、見たことのない会員(自分は一応講習会を担当していたので、それに参加している会員の顔はわかっているのですが)大勢会場係として、忙しそうにしており、手伝いの人の名札を配りに来たこれまた会の活動に今まで参加しているのを見たことがなかった人でしたが、「あんた誰?」呼ばわりされまして…。しかも手伝いの名札に自分の分がなく、一般会員扱いだったのは、かる~くいやかなりショック!時間より早くきて手伝うように言われて早くに行ったのに待たされた挙句です。そして、手伝うことは結局なかった…。

一応、当日で私は役を退くことになっていて、新しい役員がメインになるのはもちろんわかっていましたが、退任する役員には総会、式典の中では一度も紹介も名前も呼ばれることもなく、仕方のないことと思いながらも、会場のざわめきの中にいながら、自分はそこにいないような、いられないような違和感を感じながらいました。

人の輪から外れているわけでも、話をしないわけでもないんですが、今ひとつ気持ちは中に入っていけないまま、式典は終わり…

その後、会長からも退任する役員にも記念品が渡され労をねぎらわれ、よかった、一段落。新役員も役を担うにふさわしい人が出てくれてと、そのときは心からそう思って、一緒に役をやっていた人と、帰りにお茶をしたりして…

ところが、その後、何人かで担当していたところで、トラブルが発生。はじめはそれほど大きな問題になるように思わなかったのですが、だんだん、大きな問題になってしまいまして…。そのことに関して役員に送られたメールの中の言葉に、担当者は深く傷つきました。相手は傷つけるつもりはなく、事実を言ったといえばそのとおりなのですが、それだけ責任があるといわれればそれまでなんですが…。

そのことを通して、あの式典での違和感が、はっきりとしたものになって、自分の中に見えてきました。

はじめは腹立ち紛れに、このことの後始末がついたら、やめてやる~見たいなものが、そうではなくて、これは神様が、この辺でもう、引退したら?背伸びして無理に続けることないよ。といってくれたのだ。と思うようになりました。考えてみたらとても無理をしてこの会で活動していたように思います。自分のできること以上に無理をして。その能力も実力もないのにやってきた…。見栄を張っていたのかも知れません。実力以上に自分に能力があるように勝手に思っていたのだ。会の中で自分は欠かせない存在なんて自負していたところもあり、役員は辞めても、その後会の手伝いなら何でもするよなんて、本当に馬鹿だね~。私がいなくてもなんにも困らない。もしかしたら、相手は辞めてほしいと思っていたのかもしれない。

これからは身の丈にあったことをしよう。

私にはあの職はもう、過去のものになってしまったのだ。過去のものだったのに、今に通じるなんて思っていたのが間違いだった。

そう、悟ったら、すっきりした。

職のことだけではない。いろんな考え方がもう、あの会と私とでは掛け離れてしまった。

私の好きな花に「きゅうりくさ」がある。(リンク先の記事の終わりのほうにきゅうり草の写真があります)

勿忘草をうんと小さくしたような花。

片隅に人知れず、踏みつけられたりしながらも、小さな小さな青いかわいい花を咲かせるきゅうりくさ。

その花にバラになれ、といっても、とても無理。

いままで、自分をとても大輪のバラとはいえないけれど、野いばらぐらいではあるように思っていた。けれどまったく違う、バラにはなれない、きゅうり草だったのだ。

今日から自分にあった自然にいられる生き方をしよう。

バラの花束にあうのはせいぜいカスミソウ。

カスミソウにもなれない、私はきゅうり草でいるしかないじゃない?

これからは背伸びしなくても脚立に乗らなくてもいいよね。

自分の背丈に合った生き方をして行こう。

私は「きゅうりくさ」

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