城北公園と浅間神社に行ってきたよーパートⅧ-賤機山中腹までで引き返しました。
6月20日に散策に出かけ、思いがけず、長いシリーズになってしました。
賤機山に登り始めたけれど、静岡空襲慰霊の方達の中に入って少し居心地が悪い。
途中で日米合同の慰霊祭ということで、米軍の団体が途中で長い写真撮影。
しばらく足止め。
歩くのが大変なお年寄りが一人でふうふう大変そうにしていれば、さっさと行ってしまうのも心が痛み、自分のテンポで歩けないのが苦痛になってきた。
上からではないけれど、市内が見えます。
慶はもちろん静岡空襲は経験がないけれど、慶の友達の義理のお父さん(お舅さん)のことを思い出すの。慶の嫁ぎ先のすぐ近くに偶然越してきたのはもう25年も前。その時友達は2歳と生まれて2ヶ月の2人の男の子を連れて慶の家の本当に目と鼻の先に引っ越してきた。慶のところにも同じ年の子供もいたので、とっても嬉しかったんだけど、彼女はそれからすぐにお舅さんが認知症になり、一緒に暮らすことになった。そのうち徘徊が始まったが、それにに哀しい理由があったんだ。お舅さんは静岡空襲で奥さんと子供が行方不明になり、戦地から帰ってから、行方の分からない3人を何年も探したのだそうです。10年たって新しく家庭を持ち生まれたのが彼女の夫で、だから、もう彼女が結婚したときすでに80過ぎだったのです。お舅さんは一人で暮らしていた彼の実家に行くと言って家を出て、そのまま、前の家族の暮らしていたところで、行方不明なった家族を探しているのです。お舅さんは静岡空襲を語り継ぐ運動を長年やっていたそうです。きっとこの慰霊祭も毎年参加していたんでしょうね。静岡空襲と聞くと、彼のさまよう哀しい姿が思い浮かびます。
だから、余計、この日に上まで上がって、景色を見ようなんて、気分になれなくって、今回は途中から下りました。いい加減暑くってというのもあってね。特別何の用意もしていなかったから、荷物も手にぶら下げてちょっと大変になってきちゃった。次回はちゃんと背負えるようにしてこないとね。(^_-)-☆
皆が上がってくる道を避けて、人の通らない道を下りました。
途中でちょっと、面白い木を見つけましたよ。どこがって?樹の真ん中に空洞があって、そこにもう一本幹と葉が出ているでしょ?別の木なのかこの木の分岐なのか?よくわかりませんが…。
なんの虫さんかな?逆さになってま~す。
足もとの花もきれい。
もうすぐお昼になってしまうので、ちょっと急いで帰りましょって思うんだけど、下りはそう、急いでは下りられないねえ。そうしたら、ちゅんちゅん雀さんが、前を前を、ちょんちょん「こっちだよ~♪」って道案内をしてくれたよ。
スズメはどこにでもいるし、名前を知らない人はいないと思うけれど、案外目の前で見るってないよね(そうでもない?慶はもしかして初めてかなあ。こんな近くで見るのはね)つかづ離れず、こっちこっちって言うように道を下っていくスズメ。でも近くに行くとどこかに行っちゃうんだよ。
スズメと一緒に降りていったら、いつの間にかもう一つの神社のお社が見えてきた。
こちらも下の本社に負けず劣らず凝った造り。
この社のすぐ脇に階段があり、上から見ると余計怖いけど、今回はこちらをへっぴり腰で降りて今回の散策は終了。
下の回廊です。どこまでも豪華に凝った造りですね。
門の近くに咲いていたマサキの花。このマサキの後ろ側に一番最初の門のあとがあるそうです。今見ると???ですが。マサキの花はとっても元気ですけどね。
長々だらだらと続いてしまいました。とっても身近な公園と神社でよく行く場所だったのですが、今回初めての小さな発見があったので、こんなに長いことになってしまいました。
よく見るところでも知らないことはいっぱいあるんですね。ちなみに慶は信州産なので、違いますが、他の家族や親族はみんなお浅間さんから名前をいただき、事あるごとにこちらにお参りしています。でもいつも当たり前に見ていて、気づかないことがいっぱいあったんですね。
お付き合いありがとうございました。m(_ _)m
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コメント
慶の世代はかろうじて親の経験を聞いて育った世代です。父もシベリア抑留組で帰ってきたときは叔父曰く人間はあんなにやせても生きているんだと驚いた状態で帰国。母方の一番上の叔母は嫁いだ家が村全体で満州開拓団に参加。姑を背負い、2歳と1歳の子供を体にくくりつけて荷物を抱えて帰ってきたそうです。不思議なことにこの2人癌で同時期長い苦しい闘病。どちらも医者に見捨てられてからも痛みに耐えて生き続け、お互い頑張っていたのでしょう。一日違いで相次いで亡くなりました。私たちのようなやわなものとは違い、本当に強い生きざまでした。
投稿: 慶 | 2009年7月 5日 (日) 11時32分
空襲。小学校へ入る前でしたが頭上をB29の編隊が飛んで行き、山の向こうの富山市が真っ赤になって燃え上がったのを覚えています。
後で知ったのは、焼夷弾で市街地周辺を焼き真ん中の神通川に追い込んでいったとのこと、戦争の残虐さを表しています。
静岡でも、乳飲み子を背負い結核の夫の手を引き駿府城の堀に入ったと言う人を知っています。
戦後、その体験を下に「戦争は絶対しない」と憲法にまで書いたのに、戦争を知らない世代は漫画の世界と一緒にして「自分は死なない」とでも思ってか、その条項を外そうとしているのが気がかりです。
投稿: オラケタル | 2009年7月 4日 (土) 22時04分