父方の叔父の家に、予定より長く滞在してしまい、もう一件のその夜泊めてもらう予定の、母方の叔父の家(母の実家)に行くのが、遅くなってしまいました。やはり、母も叔父もおばも年をとり、話はながくつきなく…、でも、何と言っても母の実家は、山の中。向こうも心配しているでしょうし、話を遮るようにして「ごめんね、そろそろ行かないと日が暮れちゃうから…」と、慶にとっても実家のような、父方の叔父の家をあとにしました。
山道ではありますが、なんといっても母親の実家。何十年とほとんど景色も道路もそのままだったところ。なんの疑いもなく道を進めると、なんと中央高速からの新しい天竜峡への大きな道路と、151号線が今まで川沿いの曲線だったのが、まっすぐの大きな道路に変身しており❣田舎道の小さな道など寸断されていました。工事中であちこちに通行止めで→の方向へ行くのですが、旧道になかなか出られず、こんなところで道に迷ってしまいました。
道を聞こうにも人はおらず、携帯電話はもちろん圏外だし、いささか困っていたところで第一村人発見!いや唯一ひとり発見❣道路の反対側でトラクターを運転しているおじ様を発見し母親にとりあえず「下りてあの人に道聞いて!車を寄せてから行くから!」と行ってもらって、車を寄せ、道を聞きました。
いわく「地元の人は、山道を通っちゃうけど、ちょっと回り道になるけど、迷うよりはいいで、我慢してこうやってここを通って…」と親切に教えてくれ、なんとか行くことができました。本当に唯一出会った方で、もし出会わなければ延々迷っていたところでした。
途中でコンビニを発見し、おじさんの家に電話をしたけれど誰もでないというので、とりあえず道を急ぎ、おじさんの家にたどり着いたのが、もう6時半近く。まさか母親の実家に行くのに道に迷うとは思いもせず、おばさんに心配かけちゃったなと思いながら、声をかけるけれど、灯りはついているのに家は空。鍵はかかっていないので、あがらしてもらうと、「○○村にお寿司をとりに行ってきます。お茶を飲んでいてください。」との手紙が。
認知症で家に置いておけないおじさんを連れ、今さんざん迷っていたところあたりに、でかけたようです。
遠慮なくお茶をいただき、ほっとしていると、車の音。
おばさんは車を入れなおしている間、おじさんは、私たちが誰なのかわからず不安そう。
「E子はどこへ行った?」
「おばさんは今車を入れに行っているから、おじさん家に入っていようか」というとよちよちついてきます。
おばさんが入ってきて、改めておばさんが「誰かわかる?Mちゃん(母親)と慶ちゃんだよ」
というと、「しばらくだったなあ。よく来たな~。」
なんていうんだけど、すぐに忘れちゃって「誰だったかなあ」
「そうか、よく来たな~」
出されたお寿司がごはんだというのがなかなかわからず
「これは何?」
「おじさんのお寿司だよ。おいしいよ」
「俺が食べていいの?」
「そうだよ、おじさんのだよ」
「うん」
って言って一口食べて(それもうまく食べれないんだけど)また、「これは誰の?ご飯?俺が食べていいの?」
って繰り返すんだよ。
人の話はわかるかどうかにこにこして聞いているの。
時々「よく来たなあ。しばらくだったなあ」
って言いながらね。
とってもかわいかったよ。おばさんが頼りでちょっと姿が見えないと「E子はどこ?」
怒ったり、暴れたりしなくて、小さい子のようにお茶を飲むにも一つずつ「これ飲んでいいの?」薬もおばさんが「これ飲みな」っていうと大人しく飲んでいるの。「薬を口にいてたら飲み込むんだに」っていわれて一生懸命飲み込むのもかわいいよ。「そしたら、これだけお水を飲むんだに」「これ?これ全部飲むの?」「そう。中に入っているの全部飲むの」ってひとつづつ教えてもらって、頑張って飲んでいたよ。
パンツ型のおむつをしているし、服の着替えも一人ではできないけれど、大人しく着替えさせてもらっているのも小さい子供のようだったよ。
デイサービスなんかに行っても、可愛がられるんだって。ほんと可愛かったよ。何かしてもらうと「ありがと!」ってぺこんと頭を下げるのも可愛いし、時々おばさんに叱られると、シュンとしてうなだれちゃうのも可愛いし。
母はそこまで、認知症が進んでしまったのが哀しかったようだけど、慶はなんだか、孫の姿と重なって、変な言い方だけど、あんな風に年をとれたらいいななんて思ったちゃったよ。どうせわからなくなるなら、憎まれるよりいいもの…。
煙草をやめたから、むしろ前よりふっくらしてしわが減っていたよ。
写真はおじさんの家の庭の様子です。ここの景色はずっと変わっていません。
まだ、今のところはね。
写真に写っている石が積み上げてあるのは、慶といとこが夏休みに積んだ石です。そしてこの前でおばあちゃんがよくくるみを割っていました。
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